こんにちは。カウンセリングサービスの青井あずさです。

いつもありがとうございます。


弊社のカウンセラーが交代で寄稿しているブログ「恋と仕事の心理学@カウンセリングサービス」の担当の日でした。


今年は私にとってとても大きな出会いの年でした。


カウンセリングをしているクライアントさんの人生の変わり目を一緒に走らせていただきました。


あるクライアントさんの話。


ご自分のルーツに向き合っていただくという課題が出てきたのですが、私自身のルーツをしらないまま、このクライアントさんに「向き合って!」というのはおかしな話です。


このクライアントさんと一緒に、私も自分のルーツに向き合うことにしました。


最初にこの人!と思ったのは私のおじいちゃんです。


おじいちゃんは亡くなっていますが、おじいちゃんのことを知りたい!と思ったとたんに、たくさんの援助を受けることになりました。おじいちゃんのことを教えてくれる人がたくさん出てきたんです。不思議です。


おじいちゃんの人生をなぞった時に、おじいちゃんから受け取ったことがあって、それは「私は喜び」ということです。


私には生まれてきたことに価値があり、生きていることに価値がある。私が生まれてきたことは、家族、親戚、みんなの喜びだったんだ、ということを改めて受け取りました。


おじいちゃん、伝えてくれてありがとうって思います。

生きている時に、知ろうとしなくてごめんね。怖かったんだと思う。

でも、亡くなってしまっても、伝わってくることがたくさんありました。


みなさんに読んでいただけると嬉しいです。

 



今日は、私が「愛を選んで生きると決めた出来事」について話そうと思います。

 

私の祖父の話です。

 

母方の祖父は昨年末に96歳で亡くなりました。

おじいちゃん、本当に頑張って長生きしてくれました。

 

私はこのおじいちゃんが大好きで。沢山の思い出があります。

 

とてもワイルドな祖父で、幼い私をバイクの後ろに紐でくくりつけて砂利道や山道を走りまわったり、裏山に私を連れていき、山の歩き方、蕨やタラの芽などの山菜の採り方を教えてくれました。

動物の痕跡の見つけ方や、お蚕の餌やりや、藁を編んで縄をなうのを教えてくれたカッコいいおじいちゃん。言葉よりも行動で示す、そんな人でした。

 

私のおじいちゃんはシベリア抑留経験者です。

 

終戦間近の1943年に20歳で徴兵されて樺太へ向かい、そこで終戦を迎えました。

 

そこから約2年の間、シベリアで捕虜となりました。

 

祖父は戦争体験や捕虜になった時のことを語りませんでした。私がやっぱり教えてもらおう、と思った時には、おじいちゃんは寝たきり。直接話をきくことはできません。

 

ものすごく後悔しました。

 

どうして、もっとおじいちゃんの話を聞いておかなかったんだろう。

 

大好きだったのに、何も聞いていなかった。聞くのは怖かったし、聞いてほしくないんだとも思っていた。だからそのまんまにしてしまった。戦時下の話、捕虜の時のおじいちゃんの苦労してきた話は、いまいち興味が持てずに、距離を置いていた時期が長かった。今更わたしが掘り返したところで、祖父は喜ぶのだろうか?だっておじいちゃんは自分からは話さなかった。

 

私の母も、母の兄も、祖父の戦中の体験、捕虜時代のことは本人からは何も聞いていないそうです。だからしょうがないよね。

 

でも、本当にそれで私は後悔しないのか。

 

興味をもたない、という態度は、実は罪悪感の表れだということを学びました。

 

無関心を使って、私はおじいちゃんの人生を知ろうとしないでいる。きっとものすごい苦労と苦しみも痛みがあるのだろう、それを知るのが怖い。

 

でも、おじいちゃんのことを、おじいちゃんの生きた時代を知りたい。何を感じていたのか、どう生きたのか。

 

同じ時期に、クライアントさんの一人が、「自分のルーツを知る」という課題に取り組むことになりました。

 

クライアントさんにやらせておいて、カウンセラーの自分がやらないというわけにはいきません。人に関わっていくと決めてこの仕事を選んだ。

 

なるほど、自分のルーツを知るって、ちょっと勇気がいるね。とても怖いのもわかった。そして今まで知ろうとしなかった自分を責めていることもわかりました。

 

直接聞くことは叶いませんが、祖父の生きた時代の映像や、本、実際捕虜になった方のインタビュー音源などから、祖父のことを感じ取ろうとしました。戸籍を取り寄せて、おじいちゃんの生きてきた時代をなぞっていきます。

 

 

 

家族にもいえなかった体験。

 

「辛いことは忘れてしまおうと思った。だから家族にさえ言わなかった。みんなそうだった。」

 

インタビューで、抑留者の方はそのように語っています。

 

「あまりに体験が重いので、話すことができない、言葉にならなかった、だから言わなかった。言えなかった。」

 

 

おじいちゃんのことを、シベリア抑留の情報を探し回っているそんな時に、この映画が上映されることを知りました。

 

ラーゲリより愛を込めて 

とても良いタイミング!

 

でも、映画を見ておじいちゃんの体験してきた世界を知ってみて、私は打ちのめされました。

 

この映画はシベリア抑留者の史実に基づいた体験が描かれています。

 

映像がもつ情報量はすごいです。

 

おじいちゃんの生き抜いた世界が具体的に感じられ始めると、たちまち私はたまらない気持ちになりました。

 

嘘でしょ?こんなに酷いなんて嘘でしょ?戦争が終わってなお、いつ終わるのかわからない苦しみの中で生きなければならないなんて。

 

最初に感じたのは大きな怒りでした。

 

おじいちゃんが、こんな辛いことを20歳で体験していたなんて、信じられない、それも2年間も!こんな体験はもう絶対にあってはならない。もしも愛する人が一人でこんな体験をしなければならず、帰ってこられないことがあったらば、私は耐えられない。生きてはいけない。絶対に許せない。

 

そして無力感、大きな悲しみを感じます。

 

おじいちゃんがあんな体験をしたこと、本当に苦しくて辛い。

あんなこと耐えられない、本当に悲しい。愛した人があんな辛い目に遭っていたら、どんなに悲しくてやりきれない気持ちになるだろう。私の愛する人があんな体験をしていたのなら、私はその悲しみに耐えきれない。もう生きてはいけない。だからおじいちゃんを当てはめられない。

 

無理だ、こんな体験をして、どうしてどうやって生きてこられたんだろう。

 

抑留体験は祖父は心身に相当なダメージを与えたはずです。

 

若くしてあんな体験をして、どうやって生きてきたんだろう。

どうやってあの辛い体験を乗り越えたんだろう。

家族にも言えないほどの辛さ、痛み、悲しみ。

どうやって越えてきたんだろう。

 

おじいちゃん、何を考えて生きてきたの?

あの悲しみの中をどうして生きてこられたの?

 

 

映画「ラーゲリより愛を込めて」は、抑留者のシベリアでの壮絶な体験を描いたものですが、そんなあまりに辛い状況の中で、抑留者たちの希望になったのは人と人とのつながりでした。

 

私が映画から受け取ったのは、どんなにひどく苦しい状況の中でも、人を愛することが希望になるということ。愛を選べば、一人はどんなに辛い中でも生きていけるということです。

 

家族とのつながり、愛する人とのつながりが、生きる希望になるのです。

 

痛み、悲しみ、苦しみの先にあったのは、つながり合える喜びでした。

 

戸籍をたどり、親戚の話を聞いてわかったこと。

おじいちゃんはシベリア抑留後、福島の実家に戻ると結婚、すぐに一男一女をもうけます。叔父と私の母です。

 

おじいちゃん、あんな大変な目に遭っても、それでも生きることを選んでくれたんだね。

 

愛すること、命をつなぐこと、子供の存在は、どんな辛さの中にあっても希望になるのですね。

 

祖父と祖母のつながりによって叔父と母が生まれ、母と父とのつながりによって、私が生まれた。

私と夫のつながりによって、息子が生まれた。

 

おじいちゃんが辛さを越えて、おばあちゃんを愛することを選んでくれたから、その愛が私の息子までつながってきたよ。

 

おじいちゃん、生きることを選んでくれてありがとう。

愛を選んでくれてありがとう。

 

おばあちゃん、傷ついたおじいちゃんを愛してくれてありがとう。

愛を選んでくれてありがとう。

 

 

そこで思い出したことがあります。

私は昔、自分の結婚式に出るのが、恥ずかしくて恥ずかしくていたたまれない気持ちだったこと。

なぜって、自分が関係をもつ人(セックスパートナー)を、家族や親戚に晒すような気持ちになっていたから。自分のセックスを知らせるようで恥ずかしかったし、とても悪いことをしている気持ちになっていたんです。

 

セックスが悪いことで、恥ずかしいことで、そんな関係をもっている自分に罪悪感を持っていたんです。自分の性や性欲に対する罪悪感がとても大きかったんです。

 

性を、性欲を、セックスを悪いことと思っていたのです。

 

いいえ、違いました。

 

セックスは人と人とが愛でつながること。

自分の一番の自己嫌悪(弱み)を愛し合うことで、心と心がつながれていくことです。

どんなに辛い状況の中でも、相手を愛して希望とつながること。

愛を選んで生きていくこと、愛をつなぐこと。

 

セックスは祝福だと感じられたんです。

私という存在は、愛で繋がってきた結果。

そして私がセックスで相手をつながっていくことを、喜ばれている気がする。

前の世代、その前の世代の願いが繋がって叶っていく、祝福なんだと思います。

 

今おじいちゃんの目になって、あのときの私の結婚式を見たとしたら、きっと喜びでしかなかったでしょう。

「大事な孫に愛し合う人ができて、愛がつながれていくんだ」そう感じて嬉しかったのではないかな。

 

私はおじいちゃんの辛かった人生を知ろうと思って、興味をもっておじいちゃんの人生に近づいていきました。その結果おじいちゃんから受け取ったのは私の存在は喜びで、祝福だったように感じるのです。

 

 

 

昨日、夫とお酒を飲みながら話していた時。

私はおじいちゃんのシベリア抑留の話を夫に話していたんですよね。すると、夫はこう言いました。

 

「おじいちゃん、苦労なさったね」

 

私は祖父の背負っていた痛みや苦しい人生が、夫のこの一言によって、労われていくように感じました。

 

おじいちゃんの人生を肯定された。

おじいちゃんの苦しみは報われて、喜びになった。

私の中のおじいちゃんごと、まるっと夫に愛されているように感じていました。

 

今の平和な世の中、それでも争いはあるけれども、おじいちゃんおばあちゃんが愛を選んで私までつないでくれたのだから、私は堂々とこの人を愛していこうと思います。

 

そして、私が夫を愛することを、おじいちゃんおばあちゃん、みんなが喜んでくれているように感じるのです。